何もしていないと、少し不安になる。
電車を待つ数分。仕事が一区切りついた時間。勉強を終えた直後。気づけばスマホを手に取り、空白を埋めている。
「何もしない時間はもったいない」。そんな感覚は、今の生活ではごく自然なものかもしれません。
けれど研究を追っていくと、少し違う見方が浮かびます。刺激を入れずに休む時間や、注意の負荷が低い時間には、記憶の定着、創造的な問題解決、未来についての思考と関係する現象が報告されています。
ただし、「20分ぼーっとすれば脳にいい」という単純な話ではありません。研究で使われている時間も条件も、それぞれ違います。
何もしない時間は、何も起きていない時間とは限らない。
1. 学んだ直後の「10分」が、記憶に残った
まず、比較的わかりやすい研究があります。
Dewarらは、高齢の参加者に物語を覚えてもらったあと、一方では10分間の覚醒休息を取り、もう一方では「間違い探し」を行わせました。すると、休息を取った条件では、その後だけでなく7日後の記憶成績も高くなりました。[1]
重要なのは、勉強時間を増やしたわけではないことです。
新しい情報を入れたあと、さらに別の情報で頭を埋めずに静かにしておく。その時間が、記憶の保持に関係した可能性があります。
これは「休めば何でも覚えられる」という意味ではありません。扱ったのは特定の記憶課題です。それでも、学習直後に次の刺激へ飛びつかないという発想には、実験的な根拠があります。
2. アイデアは、考え続けたときだけ生まれるわけではない
創造性については、少し面白い結果があります。
Bairdらの実験では、創造的な使い道を考える課題に取り組んだあと、参加者をいくつかの条件に分けました。強い注意を必要とする課題、負荷の低い課題、休息、そして休憩なしです。
その結果、以前に取り組んだ創造性課題の成績が最も改善したのは、約12分の低負荷課題を行った条件でした。この条件ではマインドワンダリングも多く報告されています。[2]
問題から一度離れることで解決が進む現象は、インキュベーションと呼ばれます。SioとOrmerodによるメタ分析でも、全体としてインキュベーションの効果が確認されましたが、その大きさは課題の種類や休憩中に何をするかによって変わりました。[3]
行き詰まったら、考えるのをやめることが、考えることの一部になる場合がある。
3. ぼーっとしているとき、人は未来を考えている
マインドワンダリングは、「集中できていない状態」として語られがちです。
しかし、その中身を見ると、現在と無関係な雑音だけではありません。
Bairdらの研究では、マインドワンダリング中の思考には未来志向のものが多く、個人的な将来の目標について考える「自伝的計画」と結びつくことが示されました。[4]
たとえば、歩いているときやシャワーを浴びているときに、突然「次はこうしよう」と考えがまとまることがあります。
もちろん、すべての空想が有益な計画になるわけではありません。それでも、人の心が現在の課題から離れたとき、過去を組み替え、未来をシミュレーションすることがある、という点は興味深いところです。
4. 「休んでいる脳」は、停止していない
この話とよく一緒に語られるのが、デフォルトモード・ネットワークです。
脳画像研究では、外部の課題に強く注意を向けていない状態でも、一定の脳領域が組織的に活動していることが知られるようになりました。Raichleらは2001年、この考えを「default mode」として整理しました。[5]
その後のレビューでは、このネットワークが、自伝的記憶を思い出すこと、未来を想像すること、他者の視点を考えることなど、内側に向いた認知と関係することがまとめられています。[6]
教育や発達の観点からも、外部への注意から離れた内省的な処理には意味がある可能性が指摘されています。[7]
ただし、「DMNが動く=脳が回復する」「DMNを活性化すれば頭が良くなる」といった言い方は飛躍です。
言えるのはもっと控えめで、外から見れば何もしていないような状態でも、脳は内的な処理を続けている、ということです。
5. では、スマホを眺めるのも「休息」なのか
ここは、研究から言える範囲を分けておく必要があります。
Dewarらの記憶研究で使われたのは静かな覚醒休息で、対象は高齢者でした。Bairdらの創造性研究で効果が見られたのは低負荷課題です。スマホでSNSや動画を見る条件を検証した研究ではありません。
したがって、「スマホを見ると必ず効果が消える」とまでは言えません。一方で、「スマホを見ても同じ休息効果が得られる」とも、この研究からは言えません。
| 研究で扱われた状態 | 分かっていること |
|---|---|
| 10分の静かな覚醒休息 | 学習後の記憶保持が高まった研究がある |
| 約12分の低負荷課題 | 既出の創造性課題で改善が見られた研究がある |
| スマホ・SNS・短尺動画 | 上の研究から同じ効果を推定することはできない |
実践するなら、「スマホ禁止」というルールより、新しい刺激を次々に入れない時間を少し残すくらいの理解が妥当です。
6. 何もしない時間にも、代償はある
ここまで読むと、「ぼーっとするほど良い」と思いたくなります。しかし、マインドワンダリングには明確なコストもあります。
SmallwoodとSchoolerのレビューでは、マインドワンダリングは創造性や未来の計画と結びつく一方、現在行っている課題でのミスやパフォーマンス低下とも関連すると整理されています。[8]
また、日常生活をスマートフォンで追跡したKillingsworthとGilbertの研究では、心が目の前の活動から離れていることと、低い幸福感との関連が報告されています。[9]
つまり、何もしない時間そのものが万能なのではありません。
- 学習直後に静かに休む
- 創造的な問題で行き詰まったあと、低負荷の作業へ離れる
- 散歩など、注意を奪いすぎない時間を持つ
こうした文脈が大切です。
7. 「20分」という数字に、魔法はない
よく「20分ぼーっとするといい」といった数字を見かけます。
しかし、今回確認した代表的な研究では、Dewarらは10分、Bairdらは12分でした。少なくとも、これらの研究は「20分が最適」と示したものではありません。
したがって実践するとしても、「20分を守る」のではなく、10分前後から、刺激の少ない余白を作ってみるくらいが研究に近い考え方です。
結論:休むことも、思考の一部である
何もしない時間は、成果が目に見えません。
文章も増えない。数字も伸びない。タスクも減らない。
だから、私たちはすぐに埋めたくなります。
けれど研究を見ると、その空白には別の役割がある可能性があります。
- 学んだことを記憶として残す
- 行き詰まった問題から離れ、新しい組み合わせを生む
- 現在から離れ、未来を考える
休息は、思考の反対ではない。
思考の見えない部分なのかもしれない。
次に勉強や仕事が一区切りついたとき、すぐスマホを開く代わりに、10分だけ何も追加しない時間を作ってみる。
それは「何もしない時間」ではなく、次の思考が生まれるための余白なのかもしれません。
参考文献
- Dewar, M., Alber, J., Butler, C., Cowan, N., & Della Sala, S. (2012). Brief wakeful resting boosts new memories over the long term. Psychological Science, 23(9), 955–960.
- Baird, B., Smallwood, J., Mrazek, M. D., Kam, J. W. Y., Franklin, M. S., & Schooler, J. W. (2012). Inspired by distraction: Mind wandering facilitates creative incubation. Psychological Science, 23(10), 1117–1122.
- Sio, U. N., & Ormerod, T. C. (2009). Does incubation enhance problem solving? A meta-analytic review. Psychological Bulletin, 135(1), 94–120.
- Baird, B., Smallwood, J., & Schooler, J. W. (2011). Back to the future: Autobiographical planning and the functionality of mind-wandering. Consciousness and Cognition, 20(4), 1604–1611.
- Raichle, M. E., MacLeod, A. M., Snyder, A. Z., Powers, W. J., Gusnard, D. A., & Shulman, G. L. (2001). A default mode of brain function. Proceedings of the National Academy of Sciences, 98(2), 676–682.
- Buckner, R. L., Andrews-Hanna, J. R., & Schacter, D. L. (2008). The brain's default network: Anatomy, function, and relevance to disease. Annals of the New York Academy of Sciences, 1124, 1–38.
- Immordino-Yang, M. H., Christodoulou, J. A., & Singh, V. (2012). Rest is not idleness: Implications of the brain's default mode for human development and education. Perspectives on Psychological Science, 7(4), 352–364.
- Smallwood, J., & Schooler, J. W. (2015). The science of mind wandering: Empirically navigating the stream of consciousness. Annual Review of Psychology, 66, 487–518.
- Killingsworth, M. A., & Gilbert, D. T. (2010). A wandering mind is an unhappy mind. Science, 330(6006), 932.