今の仕事に不満はある。辞めたいとも思う。でも、いざ転職を考えると足がすくむ。
「次の職場がもっと悪かったら」「今の安定を手放していいのか」「失敗したら取り返しがつかない」。
この怖さは、あなたが特別に臆病だから生まれているのではない。人間の判断の仕組みそのものが、変化を怖く見せている。
人は、失うことを2倍前後の重さで感じる
KahnemanとTverskyは、人が損と得を同じ重さで感じていないことを示した(Kahneman & Tversky, 1979)。同じ金額でも、失う痛みは、得る喜びより大きく感じられる。これは「損失回避」と呼ばれ、その後の多くの研究で、損失は得の2倍前後の重さで感じられると推定されている。
転職に当てはめると、こうなる。
| 失うかもしれないもの | 得られるかもしれないもの |
|---|---|
| 慣れた仕事、積み上げた評価、知っている人間関係、今の給料 | 合う仕事、新しい成長、より良い条件、心の余裕 |
| はっきり想像できる | ぼんやりしている |
失うものは具体的で、しかも重く感じられる。得るものは抽象的で、軽く感じられる。この組み合わせでは、変化はいつも実際より割に合わなく見える。
長い目で見ると、人は「やらなかったこと」を後悔する
一方で、後悔の研究は少し違う景色を見せてくれる。
GilovichとMedvecは、人が人生で何を後悔しているかを調べた(Gilovich & Medvec, 1995)。短い期間で見ると、人は「やってしまったこと」を後悔しやすい。しかし長い期間で振り返ると、「やらなかったこと」への後悔のほうが多く、長く残る傾向があった。
やって失敗したことは、時間とともに学びや経験として意味づけられていく。やらなかったことは、「もしあのとき」という形で、答えが出ないまま残り続ける。
怖さを小さくするのは、決断ではなく「情報」
怖さの多くは、得られるものがぼんやりしていることから来ている。だから、怖さを減らすのに必要なのは、勇気を出して決断することではない。得られるものを、具体的にしていくことだ。
転職活動は、始めたからといって辞めなければいけないものではない。
- 求人を眺める:自分の経験で、どんな仕事に応募できるのかを知る
- スカウトサービスに登録する:自分の経歴に、どんな会社が興味を持つのかを知る
- エージェントと話してみる:市場の相場や、自分の強みを外から聞く
- 転職した知人に話を聞く:実際に何が変わったのかを聞く
これらはどれも、今の仕事を続けながらできる。情報が増えれば、「得られるかもしれないもの」は輪郭を持ち始める。そうなれば、比べることができる。比べられれば、怖さは判断に変わる。
今日のワーク
- 転職で失うかもしれないものを、三つ書く
- 転職で得たいものを、三つ書く。できるだけ具体的に
- 得たいもののうち一つについて、今週中に情報を一つ集める
怖いのは、あなたが弱いからではない。失うものを、ちゃんと見ているからだ。
得たいものも同じくらいはっきり見えたとき、怖さは判断に変わる。
参考文献・出典
Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect theory: An analysis of decision under risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
Gilovich, T., & Medvec, V. H. (1995). The experience of regret: What, when, and why. Psychological Review, 102(2), 379–395.