JOURNAL / PHILOSOPHY
2026.10.03

デイビッド・ゴギンズという変人を、僕は尊敬している

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目次

努力家、超人、元Navy SEAL。それだけでは足りない。常識の外側まで自分を追い込み、それをやめない男の「変さ」について。

2007年、デスバレーを走るデイビッド・ゴギンズ
2007年、Badwater Ultramarathonでデスバレーを走る。U.S. Navy / Seaman Brandon Rogers — DVIDS
135kgかつての体重
3回HELL WEEK
100mi約160km
4,030PULL-UPS

世の中には、努力する人がいる。朝早く起きる人。毎日筋トレする人。マラソンを走る人。

その延長線上にいるようでいて、明らかに何かが違う男がいる。デイビッド・ゴギンズだ。

元Navy SEAL。ウルトラマラソンランナー。元ギネス世界記録保持者。肩書きだけ見れば「すごい人」だ。でも経歴を追うほど、感想は変わっていく。

この人は、ちょっと変だ。そしてその変さに、僕は敬意を持っている。

体重約135kgの害虫駆除作業員だった

ゴギンズは最初から超人だったわけではない。空軍を離れたあと、体重は約135kgまで増えた。仕事は害虫駆除だった。

そんなある日、テレビでNavy SEALsの訓練を目にする。普通なら「すごいな」で終わる。彼は「俺もやる」と決めた。

ただ、当時の体ではSEALになれない。そこで約3か月で45kg以上を落とした。普通なら一年かけることを、人生ごとひっくり返して数か月でやった。ここでもう、少しおかしい。

地獄週間を、三回経験する

SEALの訓練には「Hell Week」がある。約108時間、寒さと睡眠不足の中で心身を追い込まれる、名前通りの地獄だ。

ゴギンズは、病気や負傷によるやり直しを含め、これを3回経験した。地獄から戻った人間が、もう一度地獄へ向かっている。根性という言葉では足りない。

THE STRANGE PART

地獄から戻った人間が、もう一度地獄へ向かっている。

ほとんど走っていないのに、100マイル走る

負傷した兵士のための資金を集めたい。そのために過酷なウルトラマラソン「Badwater 135」に出たい。だが参加資格がない。まず100マイル級のレースを完走する必要があった。

当時の彼は、本人によれば年に20マイルほどしか走っていなかった。予選までは約3日半。普通なら来年にする。彼は出場して、完走した。約160km、東京から静岡あたりまでの距離だ。

理由は「必要だったから」。意味が分からない。だが、その一貫性には頭が下がる。

Badwater Ultramarathonで水をかぶりながら走るデイビッド・ゴギンズ
デスバレーの過酷な暑さの中、水をかぶりながら進むゴギンズ。U.S. Navy / Seaman Michael Lindsey — DVIDS

好きだから走るのではない

一番惹かれるのはここだ。

これだけ走る人なら、ランニングが大好きなのだろうと思う。ところが彼は2007年のBadwater 135の前に、記者に「走るのは嫌いだ」と話している。そのレースで3位になった。

好きだからやるのではない。得意だからでも、気分が乗っているからでもない。自分がやると決めたから、やる。

自己啓発の「好きなことを見つけよう」とは真逆で、「嫌いでもやれ」だ。乱暴だと思う。でも、そこまで徹底されると、笑えなくなる。

懸垂4,030回

2013年、ゴギンズは17時間で懸垂4,030回を行い、当時のギネス世界記録を樹立した。

10回ではない。100回でもない。4,030回だ。僕なら20回で「今日は背中に効いたな」と帰る。彼はそこから、あと4,010回やる。ここまで来ると、努力というより執着だ。

まだ走っている

彼は70以上の超長距離・耐久レースに挑んできた。一度すごいことをやって、本を書いて、「昔は無茶したよ」と語る道もあったはずだ。

この男は、まだ走っている。変人であることを、やめない。

2008年アイアンマン世界選手権のフィニッシュで仲間と抱き合うデイビッド・ゴギンズ
2008年、Ironman World Championshipのフィニッシュ。U.S. Navy / Paul Honnick — DVIDS
01 / BODY
約135kgから、Navy SEALを目指して身体を変える。
02 / HELL
Hell Weekを、やり直しを含めて3回経験する。
03 / 100MI
ほとんど走っていない状態から、100マイルのレースへ向かう。
04 / 4,030
17時間で懸垂4,030回。努力が、執着に見える地点まで行く。

変人が見ているのは、苦痛の向こう側

人は苦痛を避ける。寒いから出ない。疲れたから休む。それは生物として正しい。

ゴギンズは反対側へ行く。苦しいから行く。逃げたいから逃げない。「やめろ」という脳の声を、開始の合図にしている。

だから、彼の生き方をそのまま真似する必要はないと思う。怪我するまで走らなくていい。睡眠を削らなくていい。ゴギンズになる必要はない。普通の人がやれば壊れる。あれは彼だから成立している、特殊な生き方だ。

それでも、一つだけ借りられるものがある。

「今日はやりたくない」は、やらない理由になるのか

眠い。面倒くさい。怖い。恥ずかしい。自信がない。僕たちは毎日いくらでも理由を作れる。

ゴギンズを見ていると、そのたびに自分に問いたくなる。

QUESTION

「それは本当に、できない理由なのか?」

彼がかっこいいのは、完璧だからではない。太った。逃げた。弱かった。痛かった。それでも、また自分を引っ張り出してきた。その繰り返しが、彼をここまで連れてきた。

少しだけ、変人になる

人生を変えたい。何かを作りたい。普通とは違う場所へ行きたい。そう言いながら、すべてを「普通」の範囲で済ませようとするのは、どこか矛盾している。人と違う結果を求めるなら、どこかで人と違う行動が必要になる。

ゴギンズほどでなくていい。毎日少しだけ早く起きる。あと一回だけやる。逃げたくなったところで5分だけ続ける。誰にも理解されなくても作り続ける。それくらいの「小さな変人」なら、僕らにもなれる。

ゴギンズを見ていると、「もっと頑張れ」と言われている気はあまりしない。それより、「お前、本当にそれが限界なのか?」と笑われている気がする。腹が立つ。でも同時に、少しワクワクする。

だから僕は、デイビッド・ゴギンズという変人を尊敬している。

明らかに普通ではない。そして、普通ではないから、かっこいい。