日曜の夜になると、気持ちが重くなる。朝、駅に向かう足が遅くなる。「辞めたい」と頭の中で何度もつぶやく。
そして、同じくらいの頻度で、もう一つの声が聞こえる。「でも、それは逃げじゃないのか」。
この二つの声のあいだで、多くの人が何ヶ月も、ときには何年も止まっている。この記事では、どちらの声が正しいかを決めるのではなく、「辞めたい」という気持ちの中身を分解してみる。
「辞めたい」は、一つの感情ではない
「辞めたい」は、ひとまとまりの気持ちに見える。しかし実際には、いくつもの原因が絡み合っていることが多い。
働く人の消耗を説明する枠組みとして、よく使われるのが「仕事の要求度-資源モデル(Job Demands-Resources model)」だ(Bakker & Demerouti, 2007)。このモデルは、仕事を二つの側面に分ける。
| 仕事の要求 | 仕事の資源 |
|---|---|
| 仕事の量、時間の圧力、感情を抑える負担、人間関係の摩擦、役割のあいまいさ | 自分で決められる裁量、上司や同僚の支え、成長の機会、正当な評価、仕事の意味 |
要求が高いこと自体は、必ずしも悪いことではない。忙しくても、裁量があり、支えがあり、成長を感じられる仕事なら、人はむしろ没頭できる。
問題は、要求が資源を上回る状態が長く続くことだ。そのとき人は少しずつすり減っていく。逆に、要求がそれほど高くなくても、資源が乏しい職場では、意欲そのものが枯れていく。
つまり「辞めたい」と感じたときに最初に問うべきなのは、「自分は弱いのか」ではない。「何が多すぎて、何が足りないのか」だ。
バーンアウトの三つのサイン
消耗が進んだ状態は「バーンアウト(燃え尽き症候群)」と呼ばれる。WHOは2019年、国際疾病分類(ICD-11)の中で、バーンアウトを病気ではなく「職業上の現象」として位置づけた。うまく管理されていない慢性的な職場ストレスから生じるもの、という定義だ。
研究者のMaslachらは、バーンアウトを三つの側面で説明している(Maslach & Leiter, 2016)。
- 消耗感:休んでも疲れが抜けない。仕事のことを考えるだけで力が抜ける
- 冷笑(シニシズム):仕事や顧客に対して、どうでもいいと感じる。距離を取りたくなる
- 効力感の低下:何をやっても意味がない、自分は役に立っていないと感じる
この三つがそろっているなら、それは根性の問題ではなく、環境と自分の組み合わせがうまくいっていないというサインだ。
なお、眠れない、食べられない、涙が止まらないといった状態が続いているなら、辞めるかどうかを考える前に、医療機関や産業医に相談してほしい。判断は、回復してからでも遅くない。
社内で変わるもの、転職で変わるもの
「何が多すぎて、何が足りないのか」が見えたら、次はそれが今の会社の中で変えられるかどうかを考える。
| 辞めたい理由 | 社内で変わる可能性 | 転職で変わる可能性 |
|---|---|---|
| 上司との関係 | 異動や担当替えで変わることがある | 変わるが、次の上司は選べない |
| 仕事内容が合わない | 部署異動、社内公募 | 職種を変える転職なら大きく変わる |
| 長時間労働 | 部署の問題なら異動で改善 | 会社や業界の構造なら、転職のほうが確実 |
| 給与が低い | 評価制度の範囲でしか上がらない | 業界や会社の給与水準ごと変えられる |
| 成長実感がない | 役割を広げる交渉ができる場合もある | 環境ごと変えられる |
この表のポイントは、「辞める」と「我慢する」の二択にしないことだ。あいだには、異動、交渉、役割の変更といった選択肢がある。それを試したうえで変わらないなら、辞める判断はずっと明確になる。
「逃げ」かどうかを分ける問い
逃げることそのものは、悪いことではない。危険な場所から離れるのは、生き物として正しい反応だ。
問題になるのは、何から逃げているのかが分からないまま逃げることだ。原因を分解しないまま職場を変えると、次の職場で同じ問題にぶつかる可能性が高い。上司が原因だと思っていたら、実は仕事内容が合っていなかった。そういうことはよくある。
逆に、何がすり減っていて、何を求めて動くのかを言葉にできるなら、それは逃げではなく移動だ。
今日のワーク
紙かメモアプリに、三つのことを書き出す。
- いま、仕事で一番すり減っているものは何か(時間、気持ち、人間関係、意味)
- 足りない「資源」は何か(裁量、支え、評価、成長)
- それは、今の会社の中で手に入る可能性があるか
すり減っているもの:毎日の残業と、深夜のチャット対応
足りない資源自分で仕事の量を決められる裁量
社内で手に入るか部署全体の文化なので、異動しない限り難しい → 社内公募を確認し、なければ転職を検討する
三つ目の答えが「ある」なら、まず社内で動いてみる。「ない」なら、辞めるという選択肢を、罪悪感ではなく判断として扱っていい。
辞めたいと感じるのは、弱さの証明ではない。
何がすり減っているのかを知ること。それが、逃げと移動を分ける。
参考文献・出典
Bakker, A. B., & Demerouti, E. (2007). The Job Demands-Resources model: State of the art. Journal of Managerial Psychology, 22(3), 309–328.
Maslach, C., & Leiter, M. P. (2016). Understanding the burnout experience: Recent research and its implications for psychiatry. World Psychiatry, 15(2), 103–111.
World Health Organization. (2019). Burn-out an “occupational phenomenon”: International Classification of Diseases.