毎日のアスピリンで、心臓は守れるのか。健康な人では、出血のほうが増えていた
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「毎日アスピリンを1錠。心臓と脳を守るために」。そんな話を聞いたことがあるかもしれません。でも、ここ10年ほどの大きな試験で、その常識はかなり書き換えられました。
QUIZ心臓病や脳卒中を経験していない70歳以上の人が、毎日アスピリンを飲んだ。健康で過ごせる期間は延びた。○か×か?答えを見る
×。延びていませんでした。
約1万9千人を5年近く追った試験で、アスピリンを飲んだ人と偽の薬を飲んだ人で差はなく、重い出血はアスピリンの人のほうが多くなっていました。
この記事では、アスピリンが何をする薬なのかから始めて、「すでに病気を経験した人」と「健康な人」で結果がどう違ったのかを確かめます。
目次
柳の樹皮から生まれた薬
柳の樹皮は、古代から痛みや熱をやわらげるのに使われてきました。その成分の仲間であるサリチル酸から、1897年、ドイツのバイエル社でアセチルサリチル酸、つまりアスピリンが作られます [1]。合成したのは化学者のフェリックス・ホフマンとされてきましたが、同じ社のアルトゥール・アイヒェングリュンが中心だったという研究もあり、いまはチームの仕事だったと見る説明が増えています。
不思議なことに、なぜ効くのかは70年以上分かっていませんでした。1971年、イギリスの薬理学者ジョン・ベインが、アスピリンが「プロスタグランジン」という物質を作るのを妨げることを示します [2]。プロスタグランジンは炎症や痛みにかかわる物質で、ベインはこの仕事で1982年にノーベル生理学・医学賞を受けました。
アスピリンには、もう一つの顔があります。血小板の働きを抑えて、血を固まりにくくすることです。心筋梗塞や脳梗塞の多くは、血管の中にできた血の塊が原因になります。だから「血を固まりにくくすれば、予防になるのでは」と考えられてきました。
ただし、血が固まりにくいということは、出血しやすいということでもあります。この記事の答えは、ずっとこの2つの綱引きです。
病気を経験した人には、益がはっきりしている
まず、すでに心筋梗塞や脳卒中などを経験した人です。こうした人が再発を防ぐために飲むことを「二次予防」といいます。
世界中の試験を、参加者一人ひとりのデータまで集めて分析した2009年の研究では、二次予防では低用量のアスピリンにはっきりとした大きな益があると結論づけています [3]。再発の危険が高い人では、出血の増加を差し引いても、防げる発作のほうが多いからです。
健康な人では、益と出血がほぼ打ち消し合った
では、まだ病気を経験していない人が、最初の発作を防ぐために飲む場合(一次予防)はどうでしょうか。
同じ2009年の分析には、一次予防の試験6つ、約9万5千人が含まれていました [3]。アスピリンを飲んだ人では、重い血管の病気が1年あたり0.57%から0.51%に減っていました。割合でいえば約12%少なく、その多くは命にかかわらない心筋梗塞が減った分でした。
ただ、もともとの数字が小さいので、減った量もわずかです。一方で、出血は増えていました。著者たちは、健康な人の予防としてはっきりとした益があるとは言えないとまとめています。
POINT
同じ薬でも、病気を経験した人と健康な人では、益と害の釣り合いが逆になりうる。
日本の1万4千人の試験
日本でも大きな試験が行われています。全国1,007の診療所で、高血圧・脂質異常症・糖尿病のどれかがある60〜85歳の約1万4千人を、アスピリン(1日100mg)を飲むグループと飲まないグループに分けました [4]。
心臓や血管の病気による死亡、脳卒中、心筋梗塞を合わせた割合は、アスピリンのグループで2.77%、飲まないグループで2.96%。統計的にはっきりした差はありませんでした。試験は、病気の起きる数が予想より少なかったことから、早めに終えています。
細かく見ると、命にかかわらない心筋梗塞は減っていました。けれど、頭蓋の外で起きた重い出血は、アスピリンのグループで約1.85倍に増えていました。
70歳以上の1万9千人の試験
2018年には、オーストラリアと米国で、心臓病や認知症、身体の障害がない高齢者約1万9千人(多くは70歳以上)を対象にした試験の結果が出ました [5][6]。アスピリン100mgか、偽の薬を毎日飲み、約4.7年追いかけています。
| 見たもの | アスピリン | 偽の薬 |
|---|---|---|
| 死亡・認知症・身体の障害のどれかが起きた(1,000人年あたり) | 21.5 | 21.2 |
| 重い出血(おもに消化管と脳) | 3.8% | 2.7% |
健康で過ごせる期間は延びておらず、重い出血は増えていました。試験は、続けても益が出る見込みがないと判断されて、予定より早く終わっています。
いまのガイドライン
こうした結果を受けて、アメリカの予防医療の専門委員会(USPSTF)は2022年に勧告を改めました [7]。
- 60歳以上:心臓病などの予防のために、アスピリンを新しく飲み始めることはすすめない
- 40〜59歳で、10年以内に心臓や血管の病気になる危険が10%以上と見積もられる人:出血の危険が高くなければ、医師と相談して個別に決める。益は小さい
この勧告は、まだ心臓病や脳卒中を経験していない人が「これから飲み始めるか」についてのものです。
飲んでいる人、子どもに使う人へ
いま医師に言われてアスピリンを飲んでいる人は、自分の判断でやめないでください。委員会も、すでに飲んでいる人は、自分の状況について医師と話すよう呼びかけています [7]。とくに心筋梗塞や脳梗塞を経験した人にとっては、再発を防ぐ大事な薬です。
また、アスピリンは市販の解熱鎮痛薬やかぜ薬にも入っていることがあります。日本では、アスピリンを含む市販の解熱鎮痛薬に、15歳未満が使う用法は認められていません。子どもが水ぼうそうやインフルエンザのときにサリチル酸系の薬を使うことと、まれな重い病気(ライ症候群)との関係が疑われてきたためです [8]。子どもの熱や痛みには、薬剤師や医師に相談して選んでください。
まとめ
- アスピリンは血を固まりにくくする。だから予防に使われてきたが、出血もしやすくなる
- 心筋梗塞や脳卒中を経験した人の再発予防では、益がはっきりしている
- 健康な人では、防げる発作はわずかで、出血の増加とほぼ打ち消し合った
- 日本の約1万4千人の試験でも、70歳以上の約1万9千人の試験でも、健康な人での益ははっきりせず、重い出血は増えた
- いま飲んでいる人は自己判断でやめず、医師に相談する。アスピリンを含む市販薬は15歳未満には使わない
「体にいいらしいから、念のため毎日」。薬でそう考えるのは、あまり割に合わないのかもしれません。同じ1錠でも、誰が飲むかで、益と害の釣り合いは変わります。
参考文献
1. Deutsches Patent- und Markenamt (DPMA). Aspirin — Brands with history. ドイツ特許商標庁によるアスピリンの歴史
2. Vane JR. (1971). Inhibition of prostaglandin synthesis as a mechanism of action for aspirin-like drugs. Nature New Biology, 231, 232–235.
3. Antithrombotic Trialists' (ATT) Collaboration. (2009). Aspirin in the primary and secondary prevention of vascular disease: collaborative meta-analysis of individual participant data from randomised trials. The Lancet, 373(9678), 1849–1860. doi:10.1016/S0140-6736(09)60503-1
4. Ikeda Y, et al. (2014). Low-dose aspirin for primary prevention of cardiovascular events in Japanese patients 60 years or older with atherosclerotic risk factors: a randomized clinical trial. JAMA, 312(23), 2510–2520. doi:10.1001/jama.2014.15690
5. McNeil JJ, et al. (2018). Effect of aspirin on disability-free survival in the healthy elderly. New England Journal of Medicine, 379(16), 1499–1508. doi:10.1056/NEJMoa1800722
6. McNeil JJ, et al. (2018). Effect of aspirin on cardiovascular events and bleeding in the healthy elderly. New England Journal of Medicine, 379(16), 1509–1518. doi:10.1056/NEJMoa1805819
7. US Preventive Services Task Force. (2022). Aspirin use to prevent cardiovascular disease: US Preventive Services Task Force recommendation statement. JAMA, 327(16), 1577–1584. doi:10.1001/jama.2022.4983
8. 厚生省. (1998). 医薬品等安全性情報 No.151(サリチル酸系製剤とライ症候群)/医薬品医療機器総合機構(PMDA)の使用上の注意改訂の資料
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