JOURNAL / MONEY
2026.10.14

欲望がなくなれば、稼ぐ力もなくなる

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「足るを知る」は美徳だ。でも、稼ぐ力に関しては話が違う。欲が消えたとき、人は能力を失うのではなく、「楽なほう」で満足するようになる。

好物がすぐそこにあるのに、目の前のタダのエサで済ませてしまう。これは、やる気に関わる脳の物質を減らしたラットに、実際に起きたことだ。

脳科学と心理学の研究をたどると、欲望は気分の問題ではなく、努力にコストを払うかどうかを決める仕組みそのものだと分かる。そして、その差は長い時間をかけて、収入の差として表れる。日本のデータ、ラットと人間の脳の研究、717人を約70年追った研究を、順に見ていきたい。

目次

日本人の「欲しい」は減り続けている

まず、日本の数字から見ておく。パーソル総合研究所の調査では、仕事で「上に行きたい」「学びたい」という人の割合が、国際比較でも、ここ数年の変化でも低い。

指標日本位置づけ
今の会社で管理職になりたい(正社員)16.6%2026年。調査を始めてから最低 [1]
勤務先の外で、学びや自己啓発を特に何もしていない53.6%2026年。過去最高の水準 [1]
管理職になりたい(管理職でない人)21.4%2019年。アジア太平洋の14の国・地域で最も低い [2]
将来、起業・独立したい15.5%2019年。14の国・地域で最も低い [2]
勤務先の外で、自己研鑽を特に何もしていない46.3%2019年。14の国・地域で最も多い [2]

もちろん、これを「最近の人はやる気がない」で片づけるのは乱暴だ。責任が重いわりに報われないと感じさせる、職場の側の問題も大きいはずだ。

ただ、ここで考えたいのは別のことだ。「割に合わない」という計算は、頭の中のどこで、どう行われているのか。それを調べた研究がある。

欲がなくなると、脳は「タダのエサ」を選ぶ

アメリカのサラモン(Salamone)らは1991年、お腹をすかせたラットに2つの選択肢を用意した [3]。

ふだんのラットは、タダのエサがすぐそこにあっても、ほとんど食べない。わざわざレバーを押して、好物を取りにいく。

ところが、ドーパミンの働きを弱める薬を少しだけ与えたり、やる気に関わる脳の場所(側坐核)のドーパミンを減らしたりすると、行動が変わった。レバーを押す回数が大きく減り、タダのエサを食べる量が増えた [3]。

ふだん → 好物のために、レバーを押す
ドーパミンを減らす → タダのエサで済ませる

大事なのは、食べること自体はやめなかった点だ。その後の研究をまとめた総説によると、行動をこう切り替える程度にドーパミンを弱めても、エサを食べる量の合計や、好物を好む傾向は減らない [4]。

POINT

「好き」は残っている。消えたのは、「好きなもののために、コストを払って動く力」だけだった。

「欲しい」と「好き」が脳の中で別の仕組みだという話は、「ドーパミンは本当に『やる気の物質』なのか」でも整理している。

人間でも「頑張るかどうか」は脳が決めている

では、人間はどうか。ヴァンダービルト大学のトレッドウェイ(Treadway)らは2012年、健康な25人を対象に、脳の中のドーパミンの働きをPET(脳の中の物質の動きを画像で見る方法)で調べた [5]。

参加者は、簡単な課題で少しのお金をもらうか、きつい課題で多めのお金を狙うかを、何度も選んだ。

結果、きつくても多めのお金を選ぶ人ほど、報酬と意欲に関わる場所(左の線条体と、腹内側前頭前野)でドーパミンの働きが大きかった。この傾向は、お金をもらえる確率が低い場面ほどはっきりしていた [5]。

反対に、島皮質という場所でドーパミンの反応が大きい人ほど、努力を避けていた。研究チームは、島皮質が「努力のコスト」を感じ取る働きに関わることと結びつけて考えている [5]。

頭を使う努力でも、似た結果がある。2020年の研究では、線条体でドーパミンをつくる力が高い人ほど、難しい頭の作業を選びやすかった [6]。

ただし、これらは数十分の課題で測った「その場の選択」だ。研究チーム自身も、この結果が長い人生での達成と結びつくかどうかは、まだ分からないと述べている [7]。そこで次に、人生の長さで「欲」と「稼ぎ」を見た研究を紹介したい。

野心は、収入の差まで予測した

ノートルダム大学のジャッジ(Judge)とフロリダ大学のカメイヤー=ミューラー(Kammeyer-Mueller)は2012年、アメリカの「ターマン研究」のデータを分析した [8]。1920年代に知能の高い子どもとして選ばれた人たちを、約70年にわたって追いかけた研究だ。

分析の対象は717人。子どもの頃から、働きはじめる頃までの記録をもとに、一人ひとりの「野心」の強さを測り、その後の人生と比べた。

野心の強い人ほど結果
学歴高かった
職業の社会的な評価高かった
収入高かった
人生の満足度高かったが、差はごく小さい
寿命はっきりした関係はなかった

野心の強さそのものは、まじめさ、外向性、情緒の不安定さ、知能、親の職業の社会的な評価から予測できた。それでも研究チームは、野心は性格や能力と関係しながらも別のもので、仕事での成功に意味のある影響を持つと結論づけている [8]。

もともと「頭がいい」と選ばれた人たちの中でも、どれだけ上を目指したかが、その後の稼ぎを分けていたことになる。

ただし、欲望は幸せを約束しない

同じ研究には、続きがある。野心の強い人は人生の満足度も高かったが、その差はごく小さかった。寿命とのあいだには、はっきりした関係は見られなかった [8]。著者のジャッジ自身も、野心が人生の満足度に与える効果は「せいぜい、ごくわずか」だったと話している [9]。

つまり、欲望は「稼ぐ」ためのエンジンであって、「幸せになる」ためのエンジンではない。欲を手放して、穏やかに暮らすのも十分に合理的な選択だ。僕はそれを否定したいわけではない。

THE POINT

この記事が言いたいのは、一つだけ。稼ぎたいなら、欲を手放してはいけない。

欲望が負けるのは、報酬が遠すぎるとき

ラットの実験には、もう一つ大事な続きがある。

レバーを押すたびに、次に必要な回数が増えていく条件にすると、ラットは最初はレバーを押して好物を取りにいく。でも、必要な回数が増えていくと、途中からタダのエサに切り替える。そしてドーパミンの働きを弱めると、レバーを押す量はさらに減る [4]。

欲望は、ゼロか百かのスイッチではない。「手に入るもの」と「払うコスト」をはかりにかけて、そのたびに判断している。欲が弱いと、少しのコストで「もういいや」になる。欲が強くても、報酬が遠すぎれば負ける。

最初に見た日本のデータも、こう読み直せる。管理職になりたい人が少ないのは、欲望が消えたからだけではなく、「払うコストに対して、報酬が遠すぎる」と判断されているからかもしれない。

欲望は消すのではなく、設計する

だとすれば、稼ぐ力を保つためにできるのは、欲望を「燃え続ける形」に整えることだ。研究から考えられる方法を、3つ挙げる。

  1. 欲しいものを、具体的な言葉にする。「お金持ちになりたい」ではなく、「年収を50万円上げて、あれを買う」まで落とす。何のためにコストを払うのかが見えないと、はかりは楽なほうに傾く
  2. 報酬までの距離を縮める。大きな目標を、週ごとに手応えが得られる小さな成果に分ける。ラットが途中でやめたのは、好物が遠くなりすぎたときだった
  3. 「タダのエサ」を少し遠ざける。ラットにとってのタダのエサは、僕たちにとっては、努力しなくても満たされる娯楽だ。それがすぐ手の届くところにあるほど、はかりは楽なほうに傾きやすい

目標を毎日の行動に落とす方法は「システムのないゴールに価値はない」に、意志に頼らずお金を残す仕組みは「お金が貯まらないのは、意志が弱いからではない」にまとめている。

欲がない自分を、責める必要はない。

ただ、稼ぎたいなら、まず「自分は何が欲しいのか」をはっきりさせるところから始めたい。

参考文献

1. パーソル総合研究所「働く1万人の就業・成長定点調査」2026年。数値は ITmedia ビジネスオンライン「学ばない社員が過半数に 管理職離れが、じわじわ進む職場のいま」(2026年4月20日)による。itmedia.co.jp

2. パーソル総合研究所「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」。14の国・地域、各1,000人、2019年2〜3月に実施。数値は日本の人事部のニュース記事による。jinjibu.jp

3. Salamone, J. D., Steinpreis, R. E., McCullough, L. D., Smith, P., Grebel, D., & Mahan, K. (1991). Haloperidol and nucleus accumbens dopamine depletion suppress lever pressing for food but increase free food consumption in a novel food choice procedure. Psychopharmacology, 104, 515–521.

4. Salamone, J. D., Correa, M., et al. (2018). The psychopharmacology of effort-related decision making: Dopamine, adenosine, and insights into the neurochemistry of motivation. Pharmacological Reviews, 70(4), 747–762.

5. Treadway, M. T., Buckholtz, J. W., Cowan, R. L., Woodward, N. D., Li, R., Ansari, M. S., Baldwin, R. M., Schwartzman, A. N., Kessler, R. M., & Zald, D. H. (2012). Dopaminergic mechanisms of individual differences in human effort-based decision-making. Journal of Neuroscience, 32(18), 6170–6176.

6. Westbrook, A., et al. (2020). Dopamine promotes cognitive effort by biasing the benefits versus costs of cognitive work. Science, 367(6484), 1362–1366.

7. Vanderbilt University News (2012, May 1). Dopamine impacts your willingness to work. news.vanderbilt.edu

8. Judge, T. A., & Kammeyer-Mueller, J. D. (2012). On the value of aiming high: The causes and consequences of ambition. Journal of Applied Psychology, 97(4), 758–775.

9. Fisher, A. (2012, March 7). Ambition = success = happiness? Not quite. Fortune. fortune.com

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