恋愛は「天然のコカイン」なのか。脳画像の研究で確かめる
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「恋をしている脳は、コカインを使った脳と同じ状態だ」。SNSや自己啓発の本で、一度は見たことがある話です。結論から言うと、これは半分正しく、半分は言い過ぎです。
恋をしている人の脳では、たしかに薬物と重なる場所が働いています。ただし、働かせ方はまったく違います。脳画像の研究を中心に8本の論文を読み、どこが同じで、どこが違うのかを整理します。最後に、この比喩をひっくり返す見方を紹介します。
目次
似ている点:恋する脳では「報酬系」が働いている
恋愛と薬物が似ているという話は、主に fMRI(脳の活動を画像で見る方法)の研究から出てきました。代表的な研究を表にまとめます。
| 分かったこと | 意味すること | 研究 |
|---|---|---|
| 恋人の写真を見ると、コカインやモルヒネ系の薬物で高揚したときと重なる場所が活発になった(17人) | 「コカインと同じ」と言われる直接の根拠 | [1] |
| 恋をして1〜17か月の17人が恋人の写真を見ると、VTA(腹側被蓋野)と尾状核が活発になった | ドーパミンを使う報酬系の中心が働いている | [2] |
| ふられても、まだ相手を好きな15人が相手の写真を見ると、VTA・腹側線条体・眼窩前頭皮質が活発になった | コカインへの渇望や依存と結びつく場所が含まれていた | [3] |
| 恋をして6か月以内の20人は、血小板のセロトニン輸送体が、恋をしていない20人より少なかった。強迫性障害の20人と差がなかった | 「頭から離れない」状態は、強迫性障害と似た変化を伴う可能性がある | [4] |
| 恋人の写真を見ると、熱による痛みが和らいだ。和らぎ方は、側坐核や尾状核など報酬系の活動と結びついていた | 恋人の存在が、報酬系を通して痛みを和らげている可能性がある | [5] |
恋の初めの「会いたくてたまらない」「ほかのことが手につかない」という感覚には、脳の裏付けがあるということです。失恋のつらさが「禁断症状」にたとえられるのも、あながち大げさではありません。
ただし、どの研究も15〜20人ほどの小さな研究です。恋人の写真を見たときの脳を調べたもので、恋愛の脳がすべてこうなっていると言い切れるものではありません。
違う点:同じ回路でも、働かせ方が違う
似ているのは「使っている回路」までです。その回路の動かし方は、薬物と恋愛で大きく違います。
| 観点 | コカイン | 恋愛 |
|---|---|---|
| 働く仕組み | ドーパミンを回収する「輸送体」をふさぐ。回収されないドーパミンがすき間にたまり、信号が強まりすぎる [6] | 人と関わる中で、脳がふだん通りの仕組みで反応する |
| 関わる物質 | ドーパミンが中心 | ドーパミンに加え、オキシトシンやバソプレシンが「絆」をつくる [7] |
| 報酬系にとっての位置づけ | 脳の外から入ってきて、回路を動かすもの | 相手を選び、関係を続けるという、報酬系の本来の仕事に近い [7] |
20年たっても、報酬系は反応していた
特に面白いのが、長く続いた恋愛の研究です。結婚して平均21年たっても「今も強く愛している」と答えた17人の脳を調べたところ、恋の初期と同じように、VTA などの報酬系が反応していました [8]。
さらに、母親と子どもの愛着に関わるとされる場所(淡蒼球、黒質、縫線核、島皮質など)も反応していました [8]。長い恋愛では、「欲しい」という報酬の反応に、「つながっている」という愛着の反応が重なっていると考えられます。
POINT
恋愛は、報酬系を使いながら、愛着の仕組みも育てていく。ここが、回路を外から動かすだけの薬物との大きな違い。
「恋愛は依存症か」は、どう整理されているか
オックスフォード大学の Earp らは、「恋愛は依存症か」という問いについて、2つの立場を区別しています [9]。
| 立場 | 考え方 |
|---|---|
| 狭い見方 | 極端で、本人や周りを傷つけるような恋愛だけが依存にあたる。脳の働きが異常になった場合なので、まれである |
| 広い見方 | ふつうの愛着も含めて、依存と同じような仕組みの「連続体」の上にある。人を好きになることは、弱い依存の一種と言える |
そのうえで Earp らは、どちらの見方を取っても、治療が必要かどうかは「依存と呼ぶかどうか」ではなく、その恋愛が本人の害になっているか、幸せを損なっているかで決めるべきだとしています [9]。
逆転の見方:コカインが「人工の恋愛」なのでは
ここまでを踏まえると、比喩の向きがそもそも逆だと分かります。
脳の報酬系は、コカインのために進化したわけではありません。食べること、相手を見つけること、子どもを育てること。そうした生きるために必要な行動へ、私たちを向かわせるための回路です。
プレーリーハタネズミの研究は、このことをよく示しています。このネズミは一夫一婦の絆をつくりますが、メスでは側坐核のドーパミンとオキシトシンが同時に働かないと、特定の相手を好む行動が生まれませんでした [7]。この総説の著者らは、絆ができる仕組みを、薬物が「その場所を好きにさせる」仕組みになぞらえています。
コカインは、その回路を外から動かす物質です。だから正確には、こう言えるかもしれません。
THE OTHER WAY AROUND
恋愛が「天然のコカイン」なのではない。コカインが「人工の恋愛」なのだ。
薬物への依存があれほど強いのは、人にとって最も大切な動機の回路を、そのまま使ってしまうからだとも考えられます。
まとめ
- 恋人の写真を見た脳では、コカインで高揚したときと重なる報酬系が活発になる
- ふられた直後の脳でも、薬物への渇望と結びつく場所が働いていた
- ただしコカインはドーパミンの回収をふさいで信号を強めすぎる。恋愛は、脳のふだんの仕組みで動き、オキシトシンなどの「絆」の仕組みも伴う
- 20年続いた恋愛でも報酬系は反応し、愛着に関わる場所も反応していた
- 「恋愛は依存か」より、「その恋愛が害になっているか」で考えるべきだとする研究者もいる
恋に振り回されるのは、意志が弱いからではありません。それだけ強い回路が、もともと人に備わっているからです。
参考文献
1. Bartels, A., & Zeki, S. (2000). The neural basis of romantic love. NeuroReport, 11(17), 3829–3834.
2. Aron, A., Fisher, H., Mashek, D. J., Strong, G., Li, H., & Brown, L. L. (2005). Reward, motivation, and emotion systems associated with early-stage intense romantic love. Journal of Neurophysiology, 94(1), 327–337.
3. Fisher, H. E., Brown, L. L., Aron, A., Strong, G., & Mashek, D. (2010). Reward, addiction, and emotion regulation systems associated with rejection in love. Journal of Neurophysiology, 104(1), 51–60.
4. Marazziti, D., Akiskal, H. S., Rossi, A., & Cassano, G. B. (1999). Alteration of the platelet serotonin transporter in romantic love. Psychological Medicine, 29(3), 741–745.
5. Younger, J., Aron, A., Parke, S., Chatterjee, N., & Mackey, S. (2010). Viewing pictures of a romantic partner reduces experimental pain: Involvement of neural reward systems. PLoS ONE, 5(10), e13309.
6. National Institute on Drug Abuse. Cocaine Research Report: How does cocaine produce its effects? nida.nih.gov
7. Young, L. J., & Wang, Z. (2004). The neurobiology of pair bonding. Nature Neuroscience, 7(10), 1048–1054.
8. Acevedo, B. P., Aron, A., Fisher, H. E., & Brown, L. L. (2012). Neural correlates of long-term intense romantic love. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 7(2), 145–159.
9. Earp, B. D., Wudarczyk, O. A., Foddy, B., & Savulescu, J. (2017). Addicted to love: What is love addiction and when should it be treated? Philosophy, Psychiatry, & Psychology, 24(1), 77–92.
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