不安は、
自由のめまいである。
キルケゴールに学ぶ「自分を選ぶ」技術
全文は約15分。ここで読めるのは冒頭の約3分(目安)
就職、転職、恋人、住む場所。選ばなければいけないことは山ほどあるのに、どれを選んでも「本当にこれでいいのか」という声が消えない。
周りを見れば、みんな迷いなく進んでいるように見える。自分だけが、スタートラインで足踏みしている。
「本当の自分」がわからない。だから、何も決められない。
この感覚に、19世紀のデンマークで真正面から名前をつけた哲学者がいる。セーレン・キルケゴールだ。
キルケゴールは、決められなかった人だった
キルケゴールは1813年、コペンハーゲンに生まれた。裕福な家に育ち、大学で神学を学び、レギーネ・オルセンという女性と婚約する。27歳のときだった。
ところが翌年、彼は自分から婚約を解消する。彼女を愛していたのに、だ。その後の生涯、彼はレギーネのことを書き続け、結婚することなく42歳で亡くなった。
つまりキルケゴールは、「選ぶこと」の苦しさを、理論ではなく自分の人生で味わった人だった。だから彼の言葉は、迷っている人に妙に刺さる。
22歳のときの日記に、彼はこう書いている。
大切なのは、私にとっての真理を見つけることだ。そのために生き、そのために死ねるような理念を見つけることだ。 ——1835年8月1日の日記(僕の訳・要約)
客観的に正しい答えではなく、「私にとって」の答え。キルケゴールの哲学は、ここから始まる。
不安は、自由のめまいである
キルケゴールは『不安の概念』(1844年)で、不安を「めまい」にたとえた。
断崖の縁に立って下をのぞき込むと、めまいがする。けれど、その原因は崖だけにあるのではない。のぞき込んでいる自分の目にもある。そして彼は、不安とは自由のめまいなのだと言う。
ここが、この記事の出発点だ。
選べずに不安になるのは、心が弱いからではない。選べる可能性が、目の前に開けているからだ。選択肢がひとつしかない人は、迷わない。不安は、自由である証拠なのだ。
では、そのめまいの中で、どうやって一歩を踏み出せばいいのか。
キルケゴールは、人が「自分になれない」ときに陥る状態を、驚くほど細かく分けている。そして、そこを抜け出す方法として、「自分を選ぶ」という、一見すると奇妙な答えを出した。
ここから先では、次のことを書いている。
- 「自分がない」状態をキルケゴールが分けた、絶望の3つの形
- なぜSNS時代の僕らは「写し」になりやすいのか
- 「何を選ぶか」より先に「選ぶ自分」を選ぶ、という発想
- 人生はうしろ向きに理解し、前向きに生きる
- 今日からできる、5つの小さな実践
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続き:絶望とは、自分になれないこと/SNS時代の「写し」問題/「何を選ぶか」の前に、「自分を選ぶ」/人生は、うしろ向きに理解され、前向きに生きられる/群衆は、非真理である/今日からできること/おわりに
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