初対面の人と会ったとき、あなたは何を見て「この人、感じがいいな」と判断しているでしょうか。
多くの人は、顔、服装、話し方を挙げると思います。ところが、研究を追っていくと、もう一つ見落とされがちな手がかりが浮かび上がります。匂いです。しかも、私たちはそれを意識しないまま使っています。
この記事では、匂いが人の印象に与える影響を、心理学・化学の研究から整理します。同時に、「フェロモン」のような、広まりすぎた俗説も検証します。
1. 匂いは、意識の外で好き嫌いを変える
まず、一番意外な知見から紹介します。
ある実験では、参加者に中立的な表情の顔写真を見せながら、意識的には検出できないほど弱い匂いを同時に提示しました。匂いは、心地よいものと不快なものの2種類です。その後、顔の好感度を評価させると、心地よい匂いと組み合わされた顔のほうが、好意的に評価される傾向がありました。[1]
ポイントは、本人は匂いに気づいていないことです。
「なんとなく感じがいい」という印象の一部は、意識に上らない匂いによって作られている可能性があります。
2. 匂いは「感情」と「性格」の手がかりになる
匂いから伝わるのは、好悪だけではありません。
恐怖を感じているときと、嫌悪を感じているときに採取した汗の匂いを、別の人に嗅いでもらった実験があります。受け手には、恐怖由来の化学シグナルでは恐怖に関連する表情や感覚取得の反応が、嫌悪由来のものでは嫌悪に関連する反応が観察されました。[2] 言葉も視覚も使わずに、感情に関する情報が伝わった可能性を示す結果です。
性格についても報告があります。体臭をもとに他者の性格を評価させた研究では、一部の特性について、評価が匂い提供者本人の自己評価による性格得点とある程度一致しました。[3] ただし、これは「一部の特性で、ある程度」という水準です。匂いで性格が分かる、とまでは言えません。
3. 匂いと魅力:好みは確かに存在する
匂いの好みが、魅力判断に関わることを示す研究もあります。
- 排卵期に近い女性は、左右対称性の高い男性の匂いを好む傾向が報告されています。[4] ただし、この種の結果は追試で一貫しないこともあります。
- 男性の匂いを操作した実験では、香りの操作が本人の自信や自己評価を変え、さらに女性がその男性の動画を見たときの魅力評価にも差が生じました。写真だけでは差が見られませんでした。[5]
匂いは相手の判断だけでなく、本人の振る舞いを通して印象を変える可能性があります。
4. 「フェロモン」と「相性の匂い」は、どこまで本当か
ここからは、検証が必要な話題です。
「フェロモンで異性を惹きつける」という表現は、広告や記事でよく見かけます。しかし、ヒトで確立されたフェロモンは現時点で確認されていない、というのが研究者の側からの有力な指摘です。[6]
「遺伝子の相性は匂いで分かる」という説もあります。免疫に関わる遺伝子(MHC)の型が自分と異なる相手の匂いを好む、という報告が出発点です。[7] しかし、その後の研究を整理したレビューでは、結果は研究ごとに一貫していません。[8]
したがって、この領域は「そういう傾向が報告されたことがある」止まりで受け取るのが適切です。断定的な主張には、注意が必要です。
5. 加齢臭は、実在する:日本発の研究
日本の読者にとって身近なのが、加齢臭でしょう。
資生堂の研究グループは、40歳以上の人の体臭から、2-ノネナールという物質を検出しました。この物質は、年齢とともに増える傾向が示されています。[9] つまり、加齢にともなう体臭変化には、化学的な裏づけがあります。
ただし、ここで注意が必要です。物質が特定されたことと、その匂いを不快と感じるかどうかは別問題です。匂いの受け取り方には個人差があり、文化や経験の影響も受けます。「悪臭」と決めつけることは、研究が示す範囲を超えています。
6. 匂いは、記憶に残りやすい
匂いの印象が長く残る理由として、記憶との結びつきがあります。
匂いによって呼び起こされた自伝的記憶は、視覚や聴覚の手がかりで呼び起こされた記憶に比べて、より感情的で喚起的に経験される傾向がありました。[10] ある人の匂いが、会った場面そのものを強く思い出させる。その経験には、こうした背景があると考えられます。
結論:匂いは「消す」ものではなく「設計する」もの
ここまでの内容を整理します。
- 匂いは、意識の外で好悪の判断に影響する
- 匂いは、感情や性格の手がかりとして使われている可能性がある
- 好みはあるが、「フェロモン」や「遺伝子の相性」は、断定できない
- 匂いの印象は、感情と結びついた記憶として残りやすい
ここから導ける実践的な方針は、二つです。
一つ目。 嫌な匂いを消すことに加えて、どんな印象を残したいかを決める。清潔感、落ち着き、親しみやすさなど、目的に合った香りを選ぶ。
二つ目。 過信しない。匂いは印象を左右する要素の一つにすぎません。顔、声、振る舞い、言葉と合わせて、全体として受け取られます。
匂いは、自分では気づきにくく、相手は意識せずに受け取る情報です。その性質を知っておくだけでも、人との出会い方は少し変わるのではないでしょうか。
参考文献
- Li, W., Moallem, I., Paller, K. A., & Gottfried, J. A. (2007). Subliminal smells can guide social preferences. Psychological Science, 18(12), 1044–1049.
- de Groot, J. H. B., Smeets, M. A. M., Kaldewaij, A., Duijndam, M. J. A., & Semin, G. R. (2012). Chemosignals communicate human emotions. Psychological Science, 23(11), 1417–1424.
- Sorokowska, A., Sorokowski, P., & Szmajke, A. (2012). Does personality smell? Accuracy of personality assessments based on body odour. European Journal of Personality, 26(5), 496–503.
- Gangestad, S. W., & Thornhill, R. (1998). Menstrual cycle variation in women's preferences for the scent of symmetrical men. Proceedings of the Royal Society B, 265, 927–933.
- Roberts, S. C., Little, A. C., Lyndon, A., et al. (2009). Manipulation of body odour alters men's self-confidence and judgements of their visual attractiveness by women. International Journal of Cosmetic Science, 31(1), 47–54.
- Wyatt, T. D. (2015). The search for human pheromones: the lost decades and the necessity of returning to first principles. Proceedings of the Royal Society B, 282, 20142994.
- Wedekind, C., Seebeck, T., Bettens, F., & Paepke, A. J. (1995). MHC-dependent mate preferences in humans. Proceedings of the Royal Society B, 260, 245–249.
- Havlicek, J., & Roberts, S. C. (2009). MHC-correlated mate choice in humans: a review. Psychoneuroendocrinology, 34(4), 497–512.
- Haze, S., Gozu, Y., Nakamura, S., et al. (2001). 2-Nonenal newly found in human body odor tends to increase with aging. Journal of Investigative Dermatology, 116(4), 520–524.
- Herz, R. S. (2004). A naturalistic analysis of autobiographical memories triggered by olfactory, visual and auditory stimuli. Chemical Senses, 29(3), 217–224.